
神社巡りや御朱印集めを始めてから、ふと考えることがあります。
「昔訪れた神社を、今の自分が見たらどう感じるだろう?」
私は子どもの頃から神社へ行く機会はありました。初詣や観光、家族とのお出かけなどで、有名な神社を訪れたこともあります。
しかし当時の私は、神社そのものに興味があったわけではありません。
お賽銭を入れてお参りをして、おみくじを引く。
それが神社参拝でした。
だから今思い返してみると、神社の歴史や御祭神よりも、道中の出来事やその日の思い出の方が強く残っています。
今回は、そんな昔訪れた神社の中から、今だからもう一度訪れてみたい場所について書いてみようと思います。
日光東照宮で引いた大凶

今でも忘れられないのが、日光東照宮で引いたおみくじです。
初詣だったと思いますが、結果は大凶でした。
そして、おみくじにはこう書かれていました。
「今年一年命があればよし」
新年早々、その言葉を目にした時の衝撃は今でも覚えています。

当時は結婚していた頃で、かなり落ち込みました。家族に話して慰めてもらった記憶もあります。
ところが、その年は特に大きな出来事もなく過ぎていきました。
そして気が付けば数十年。
私は今も元気に生活しています。
当時はおみくじの内容しか覚えていませんでしたが、今なら東照宮の歴史や建築、徳川家康公との関わりなども含めて、じっくり見てみたいと思っています。
毎年訪れていた宇佐神宮

九州に住んでいた頃は、宇佐神宮へ毎年のように訪れていました。
ところが不思議なことに、神社そのものの記憶は意外と少ないのです。
覚えているのは、参拝とは関係ないことばかりです。
神社へ向かう車の中では、下の娘が毎回のように「しりとりしよう」と言っていたこと。
境内の池で餌を買ったものの、予想以上に魚が集まってきて怖くなり、慌てて全部ばらまいてしまったこと。
木々に囲まれた場所で、「マイナスイオンだ」なんて言いながら思い切り空気を吸い込んだこと。

そんなことはよく覚えているのに、肝心の神社のことはほとんど覚えていません。
今思うと、当時の私にとって神社は歴史や御祭神を知る場所ではなく、家族と過ごした思い出の場所だったのかもしれません。
何度も訪れた八坂神社

八坂神社も何度か訪れた神社のひとつです。
京都へ行くたびに立ち寄ることもありました。
それなのに、思い出すのは京都観光のことばかり。
祇園の街並みや周辺を歩いたこと。

夜のライトアップ。
京都らしい雰囲気。
そうした記憶は残っているのに、神社そのものについては意外と覚えていません。
今の私なら、御祭神や境内社、歴史的な背景にも目が向くと思います。
同じ場所を訪れても、見える景色はきっと違うはずです。
神社を見る目が変わった

御朱印を集めるようになってから、神社の見方は大きく変わりました。
以前なら見過ごしていた石碑や案内板を読むようになりました。

御祭神や由緒が気になるようになりました。
「なぜこの神社がここにあるのか」
「どんな歴史があるのか」
そんなことを考えながら歩くようになりました。
だからこそ、昔訪れた神社をもう一度見てみたいと思うのです。
おわりに
昔の私は、神社へ行ってもお参りをして、おみくじを引いて終わりでした。
それでも楽しい思い出はたくさんあります。
しかし今は、それに加えて歴史や背景にも興味を持つようになりました。
同じ神社でも、昔とは違う発見があるかもしれません。
いつか日光東照宮や宇佐神宮、八坂神社を再び訪れた時には、昔の思い出と今の視点、その両方を楽しみながら歩いてみたいと思っています。
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